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2009年5月 3日 (日)

清志郎

忌野清志郎が、亡くなった。

どう考えても不似合いなフレーズ。
まったくもって現実味のない、おかしなフレーズ。

だけど昨日の夜からネットにアップされるさまざまな記事とコメント、
テレビで流れてくるニュース、新聞の一面に踊る文字、そして友人知人からのメール。
それらのすべてが、“清志郎の死”をリアルなものに変えていく。

清志郎を初めて観たのは、たぶん1979年の秋だと思う。
もう30年も前の出来事、そのころ私は中学生だった。
テレビのブラウン管からはみ出さんばかりに、ピョンピョン飛び廻る清志郎。
それまでに観たどんな歌手よりも、強烈なインパクトを持っていた。
それからアルバム「RHAPSODY」を買い、毎日のように聴きまくった。

徐々に他のアルバムを買い揃えた頃、1981年5月31日、日比谷野外大音楽堂でRCライブ初体験。
オープニングでステージに飛び出してきた清志郎は、私の心をわしづかみにした。
それからどんどんRCはバンドとしてのステイタスを確立していき、
夏は西武球場や横浜スタジアム、そして冬は武道館でライブというのが定番となった。
私は清志郎の唄だけでなく、モノの考え方や生き方さえも好きになった。
繊細なような大胆なような、微妙なバランスを保っている感受性。
他人の目を気にして生きるなんてくだらないコト、それを教えてくれたのは清志郎だった。
一時期、しばらくライブに足を運ばない時期もあったけど、
RC活動休止真近の日比谷野音や武道館には、RCを目に焼き付けようとせっせと通った。

その後清志郎はソロになり、私は清志郎から少し距離を置くようになってしまった。
理由ははっきりとは覚えていない。そのころの自分と、何かがちょっとズレてたんだろう。
だけど21世紀になろうとする頃、再び清志郎への情熱が再燃し出す。
それまでスタジアムやホールで豆粒ぐらいにしか見えなかった清志郎が、
ライブハウスのステージ、真近で唄っているのがたまらなくうれしかった。

この頃から私は地方遠征、いわゆる“追っかけ”っぽいコトを始める。
名古屋・大阪・京都をはじめ全国津々浦々、清志郎のライブを求めて東へ西へ。
ライブハウスの最前列で清志郎の唄を聴き、そして終演後の握手会で感動のご対面。
緊張で何を話したかはよく覚えてないけど、清志郎と確かに顔見知りになれたと思う。
毎年夏の野音や大阪「ナニワ・サリバン・ショー」、わが街調布にも来てくれたし、
渋谷PARCOでの4日連続ライブ、早稲田大学の学園祭にも久々に登場した。

そんな矢先、2006年7月のがん告白。。。
夏の野音やフェスティバル出演は、すべてキャンセル。
心配で心配でたまらなかったけど、徐々にいろいろなライブに飛び入りするようになり、
2008年2月に見事“完全復活”。武道館は行けなかったけど、大阪・京都で感動の再会。
信じていれば、夢は必ずかなうんだと思った。

それなのにまた、再び夏の野音キャンセル。
もう一度、もう一度、復活することを願っていた。
2008年11月23日、MG'sのライブに飛び入りして唄う清志郎に、
あぁ~またもうすぐ帰ってくるんだと確信を持った。
レコーディングの話や楽曲提供の話は、復活の日がそこまで来ていることを物語っている、
そう思っていた。そう思いたかった。

だけど、このあいだ届いたファンクラブの会報、小さな写真でよくわからなかったけど、
清志郎の様子がちょっと違っているような気がした。なんか胸騒ぎがした。
それでもオレに出来ることは信じて待つだけ、それだけだった。
夢は必ずかなうと、そう信じていた。

でも、その夢は、2009年5月2日、突然幕を閉じた。。。
お別れは突然やってきた。
まだ全然、気持ちの整理がついていない。
ありがとうと言っていいのか、まだ早すぎると言っていいのか、
何と言っていいのか、まったくわからない。

清志郎、今日も明日もあさっても、俺は貴方の曲を聴くよ。
その中に唄われている情景や、物語や、思いや、意志や、すべてのものを
俺なりのフィルターを通して、一生懸命感じとって大切に聴いていく。
そして貴方に教わった数々のコト、素敵な音楽の数々だったり、
自分らしく生きるということだったり、人を愛するということだったり、
強いものにも立ち向かっていく心だったり、優しさだったり、
いろいろなコトを胸に、貴方に恥ずかしくないように生きていきます。

いつかまた逢える、その日まで。

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コメント

清志郎の死。
ファンじゃない私でも切なくなります。
彼の生き方って本当に素敵で、
もっともっと見てみたかったなぁと思う。
チャリ乗りのうちの旦那ですらショックを受けてますよ。
本当に、もう一度復活して欲しかった。。
ご冥福をお祈りします。
KANNさんも、清志郎との思い出を大切にして下さいね。

投稿: ちゃめ | 2009年5月 4日 (月) 04時39分

>ちゃめさん

どうもありがとう。

大勢の人が清志郎のことを思ってくれているのがわかって、
なんだか自分のことのように嬉しく思ってます。

清志郎から教えてもらったことは、
確実に俺の心の中、そしてみんなの心の中に
残って育っていくんだと信じています。

清志郎の夢だった「愛と平和」、そんな世の中がやってくるまで。

投稿: KANN | 2009年5月 4日 (月) 21時53分

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