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2010年5月24日 (月)

“金網デスマッチの鬼”ラッシャー木村

元プロレスラーのラッシャー木村さんが亡くなったとのこと。
報道では「元プロレスラー」の「ラッシャー木村さん」だけど、
私にとっては「プロレスラー “金網デスマッチの鬼” ラッシャー木村」だ。
ラッシャー木村のイメージというと、新日本乱入時の「こんばんわ」事件だったり、
「アニキー」「永源・・・」「渕・・・」のマイクパフォーマンスだったりするんだろう。
だけどラッシャー木村は、やっぱり“金網デスマッチの鬼”なんだよ。

もうずいぶん昔、テレビ東京が「東京12チャンネル」という名前だった時代、
月曜日の午後8時、パンチパーマで黒のロングタイツの男が汗だくになって闘っていた。
グレート草津がエースを放棄し、ストロング小林がフリーになって離脱した国際プロレス、
そのエースを任されたのがラッシャー木村なのだ。

ぱっと見は“日本プロレス界の父”力道山に似ているけれども、
プロレスの実力・カリスマ性・人気、どれをとっても遠く及ばなかったラッシャー木村。
子供だった私はラッシャー木村がどうして国際プロレスのエースなのかわからなかったけれど、
社会人となった今ではそういう抜き差しならない状況っていうのは痛いほどよくわかる。
どうしてもやらなければならない事、それをとことんやり遂げるためには、
どんなにブザマでもやらなければならない時があるのだ。

ラッシャー木村は、オックス・ベイカーに両足を折られながらも金網の中に入り、
大量の血を流しながら自分を貫いて勝利したのだ。
マッドドッグ・バション、ジプシー・ジョー、キラー・トーア・カマタ、アレックス・スミルノフ、
モンゴリアン・ストンパー、通常ルールの前哨戦ではこてんぱんにやられるけれど、
最終戦の金網デスマッチでは見事に決着をつけてみせるのであった。

「昭和のプロレス」、それを寡黙に体現していたラッシャー木村。
私はあなたのファイトを忘れません。

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